【男性育休義務化の本当の意味】「4つの義務化」と「7割の反対」の関係

男性育休の現在と未来

昨今男性育休義務化に関するニュースが耳目を賑わしています。

特に、日本商工会議所が実施した「男性社員の育児休業取得の義務化」に関するアンケート結果では、中小企業の約7割が男性育休義務化に反対という結果になっています。

こうした男性育休義務化をめぐる論議において常に気をつけないといけないことが「義務化の意味」です。

この記事では男性育休の義務化の「本当の意味」と「7割の中小企業が反対する背景」について説明します。

是非、男性育休について正確に理解したい方はご一読ください。

男性育休義務化の本当の意味

男性育休義務化について説明する上で、そもそも男性育休の義務化とは何を指すか明確化しなければなりません。

まずは男性育休の義務化という言葉で連想される「義務化」を4つ記載します。

  • ①全ての会社が、就業規則に男性育休制度を規定することを義務化(規定義務)
  • ②全ての会社が、男性育休取得申請者に取得を許可することを義務化(許可義務)
  • ③全ての会社が、男性育休対象者取得する権利があることの説明を義務化(説明義務)
  • ④全ての男性育休対象者が、男性育休を取得することを義務化(取得義務)

結論から言えば、男性育休義務化とは③「全ての会社が、男性育休対象者に育休を取得する権利があるということの説明を義務化」を指しています。つまり、説明義務です。

4つの義務化の現在地点

そもそも論として、男性育休義務化として考えらえる4つの義務化はいずれも男性育休普及のためには重要な義務化です。これらの義務化のうち、どの義務化が既に実現し、どの義務を将来的に達成しなければならないのでしょうか。

①全ての会社が、就業規則に男性育休制度を規定することを義務化(規定義務)

就業規則に男性育休制度を規定すること」は既に義務化されています

具体的には、育児・介護休業法において就業規則に男性育休制度を規定することが法的に義務付けられておます。

中には就業規則に記載していないコンプライアンス意識の低い会社もあるのですが、詳細については以前に記事に記載しましたので興味があればご一読ください。

②全ての会社が、男性育休申請者に取得を許可することを義務化(許可義務)

「全ての会社が、男性育休申請者に取得を許可すること」は既に義務化されています

育児・介護休業法において男性を含めて育休対象者から育休取得の申し出があった場合には一定の場合を除いて育休を取得させることは義務化されています。育休は労働者の権利です。

II-3 事業主の義務 (第6条第1項、第2項)
○ 事業主は、要件を満たした労働者の育児休業の申出を拒むことはできません。
○ ただし、次のような労働者について育児休業をすることができないこととする労使協定がある ときは、事業主は育児休業の申出を拒むことができ、拒まれた労働者は育児休業をすることができません。
1 その事業主に継続して雇用された期間が1年に満たない労働者
2 その他育児休業をすることができないとすることについて合理的な理由があると認められる労働者

https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000355354.pdf

ただし、実務的には育児休業の取得期間については、職場環境や業務状況を踏まえて会社と相談しながら決定することになりますので、労働者の希望がすべて通るわけではありません。会社から育児休業を拒否される可能性もあります。

しかしながら、そのような場合には以下の罰則が設けられています。

厚生労働大臣による報告の要請および助言・指導・勧告
厚生労働大臣は育休を拒否した企業に対して報告を求め、また助言や指導、勧告を行います(第56条)。
企業名公表
厚生労働大臣の勧告に企業が従わなかった場合、企業名や違反内容が公表されます(第56条の2)。
罰金
厚生労働大臣の要請に反して報告をしなかったり、虚偽の報告をしたりした場合には、20万円以下の罰金が科されます(第66条)。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130583.html

③全ての会社が、男性育休対象者取得する権利があることの説明を義務化(説明義務)

「全ての会社が、男性育休対象者取得する権利があることの説明を義務化」については、まさに現在政府が検討している内容になります。そのため、現時点では義務化はされていません。ただし、義務化はされていないといっても、実は義務に準ずる“努力義務“が課されています

具体的には、現行の育児・介護休業法においても労働者やその配偶者が妊娠・出産したことを知った場合に企業は労働者に対して育休制度について説明するという努力義務が課されています。ただ、実際には職場で男性社員が育児休業の説明を受けることは一部の育休に積極的な会社のみで、多くの会社では制度に関する説明は行われていません。

この努力義務を一段階引き上げて「義務」にするというのが政府が検討している「男性育休義務化」の狙いです。企業からの説明を義務化することで、従前は労働者から申請があった場合に育休を取得していたものを、会社側に労働者に説明する義務を与えることになります。会社から男性育休についての説明があれば育休取得がしやすくなると思います。

ただ、具体的に「どのように労働者に対して会社が説明するのか」という中身が問題となります。以下に説明義務が会社に課された場合のいくつかのケースを想定してみます。

理想的なケース
育休取得対象者に対して上司又は人事部から個別に育休制度について説明があり、育休取得を勧められる。その上で、上司又は人事部から意向確認の明確なプロセスを通じて育休取得が促される。
普通に想定されるケース
育休取得対象者に対してメールや紙で育休制度を伝える頭紙と就業規則が人事部から機械的に送付される。特に意向確認プロセスはなく、育休取得を希望する者が自発的に申請し、申請が受理される。
悪いケース
育休取得対象者に対して特に何の説明もされない(説明の義務が履行されない)。加えて、育休取得を希望する者が自発的に申請しても、上司又は人事部門から申請を反対される。

このように、男性育休取得対象者への説明が義務がされたとしても、きちんとした説明責任が履行されなければ意味はありません。ただ機械的にメールで就業規則が育休取得対象者に送られてき終わりになってしまいます。そもそも義務を遵守しない会社も存在するでしょう。

実効性のある義務化にするためには義務を遵守させる仕組みが必要です。例えば、説明義務を履行する上でのガイドラインの作成、ガイドラインの遵守をモニタリングする仕組み、さらには、モニタリング結果を公表する仕組み等、義務を遵守する仕組みが必要です。

そして、ひいてはこうした説明の義務の遵守を通じて企業の意識を変えることが最終的なゴールとなります。それは長い道のりですが、大切なのは義務化という一歩を踏み出すことです。

④全ての男性育休対象者が、男性育休を取得することを義務化(取得義務)

「全ての男性育休対象者が、男性育休を取得することを義務化」は究極的なゴールですが、現在ではもちろん実現していません。男性育休取得率は直近の統計データがある2019年で7.48%となっています。さらに言えば女性の育児休業取得率も83.0%となっています。当然100%ではありません。

義務化というのはなかなか日本の文化や法体系の観点からも難しいのが現状です。また、「とるだけ育休」という言葉が象徴するように、家事や育児に積極的ではない人が取得をしても、かえってママの負担が増すこともあります。

詳しくは、以前の記事で記載していますので、ご一読ください。

ただし、フランスではこの男性育休の真の義務化ともいうべき、すべてのパパに男性育休の取得が実現する予定です。フランスのマクロン大統領は2020年9月23日、育児休暇とは別に男性が子供の誕生後に取得可能な「父親休暇」を2021年7月1日以降、現行の11日間から25日間に増やすと発表しました。子供の誕生前後に父親が取得できる3日間の「誕生休暇」と合わせ、計28日間の産休が取得可能となります。そのうち1週間は取得を義務化します。

現在「男性育休義務化」と並行して「男性の産休制度」が検討されています。フランスの動向も踏まえて、政府として産休制度の義務化に向けた論議がなされているゼロではないかもしれません

男性育休義務化に中小企業の7割が反対

こうした男性育休義務化について日本商工会議所が実施したアンケート結果によれば、「男性社員の育児休業取得の義務化」に関する質問に対して「反対」が22.3%にのぼり、「どちらかと言えば反対」が48.6%、合計で中小企業の70.9%が否定的な意見を持っていることがわかりました

男性育休義務化の反対の理由

一つ目の理由〜男性育休義務化への誤解〜

男性育休反対の理由の一つ目として、「男性育休義務化」という言葉のもつイメージです。男性育休義務化という言葉から連想されるのは、真の男性育休の義務化である「全ての男性育休対象者が、男性育休を取得することを義務化(取得義務)」です。そのため、アンケートに回答した中小企業の経営者や従業員が誤解していた可能性が一点目の理由です。

二つ目の理由〜人材不足〜

二つ目の理由は、人材不足です。人材が少なくマンパワーが少なかったり、属人的業務が多い傾向にある中小企業では一人のキーパーソンが抜けるダメージを組織的にカバーすることが難しいことがあります。実際、日本商工会議所の杉崎友則氏はアンケート結果の背景として「深刻な人手不足が続く中、コロナ禍で企業に影響が出ている。残業時間の上限規制や有給休暇の義務化など度重なる労働規制の強化、負担増もあり、強制力を持った施策には反対する。」と述べています。このように、人材不足が続く中小企業、特に運輸業、建設業、介護・看護といった分野では男性育休義務化に対して反対する声が上がっています。

最後に〜男性育休義務化の実効性を担保する仕組みが大切〜

このように、本記事では男性育休義務化の本当の意味を明確化するために4つの義務化について解説しました。

4つの義務化とは以下のとおりです。

  • 全ての会社が、就業規則に男性育休制度を規定することを義務化(規定義務)
  • 全ての会社が、男性育休申請者に育休取得を許可することを義務化(許可義務)
  • 全ての会社が、男性育休対象者取得する権利があることの説明を義務化(説明義務)
  • 全ての男性育休対象者が、男性育休を取得することを義務化(取得義務)

このうち、政府が現在検討しているのは「全ての会社が、男性育休対象者取得する権利があることの説明を義務化(説明義務)」であることを説明しました。その上で、中小企業の7割が男性育休義務化に反対する背景として、「男性育休義務化の意味の誤解」や「人材不足」があることを説明しました。

ただ、男性育休義務化が実現したとしても、自動的に男性育休が普及するわけではありません。男子育休義務化によって、企業が男性育休対象者に対して説明が義務化されますが、その中身が重要です。機械的にメールで就業規則を送って終了、ということでは義務化以前と何も変わりません。

現在政府は2021年通常国会に向けて男性育休義務化の論議を進めていますが、実効性のある義務化にしなければなりません。具体的な説明義務のガイドラインや、その遵守状況の確認、さらには、遵守状況の公表等の義務化を遵守する仕組みを伴った実効性のある男性育休の義務化でなくてはなりません。そして、ひいてはこうした義務化を遵守する仕組みを通じて企業の男性育休に関する考え方が変わる必要があります。企業の考え方が変わった時に、初めて男性育休を阻害する最大の理由である「職場の男性育休を取得しづらい雰囲気」が改善されるのではないでしょうか。

コメント

  1. […] […]

  2. […] さらに、中小・小規模事業者においては男性育休義務化の与える影響は深刻です。従業員が少ない企業においては働き盛りの一人の重要員が不在となることは、逆タパハラに留まらず企業経営に直結する問題かもしれません。こうした中小・小規模事業者の懸念を反映してか、実日本商工会議所が実施したアンケート調査により、中小・小規模事業者の7割が男性育休の義務化に反対しているという状況にあります。 […]

  3. […] 昨今男性育休の普及に関するニュースが耳目を賑わせています。男性の産休制度の創設や育児休業給付金の普及率の引上げなどの男性育休普及に向けた政策が政府において具体的に論議されています。その中でも一際センセーショナルだったのが男性育休義務化です。その義務化という言葉の持つ響きから社会的に物議を醸しました。日本商工会議所の調査によれば中小企業の70.9%は男性育休義務化に反対というアンケート調査結果は記憶に新しいのではないでしょうか。 […]

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